清水に縁のある詠

 

清水に、今庵原と言う処があります。むかし、駿河のくには、”駿河はもと一国なり、後割て二国とす、其西半を以て、庵原の国とし、東半を以て、駿河の国とす、後また合わせて一国とす。此時庵原を以て郡とす、”と言われて来ました。ほかに有度郡とかありますので、そうした地名に関係したものから、後はばらばらに、年代も考えず載せます。

 

宇度浜に、天の羽衣、春はきて、今も霞の、袖やふるらん。

いほはらの、きよみのさきの、みほのうらの、ゆたかにみえつ、ものおもいもなし。

清見潟、うち出てみれは、庵原の、みほのおきつは、波靜なり。

清見潟、関より外は、いほはらの、松こそ浦の、隔なりけれ。

我も亦、かりねにむすふ、庵原の、清見か崎に、月そかかれる。

和にも、曲の玉と、草薙の、剣は国の、たからなりけり。

古の、天の羽衣、きてとへば、いふこともなき、うと浜の松。

興津かた、磯ねに近き、岩枕、かけぬ波にも、袖は濡けり。

清見潟、昔ありけん、名に立て、波の関もる、月の影哉。

東より、照す光の、ここにありと、けふ詣する、久能の御社。

清見かた、夜船こき出て、三保か崎、松のうへ行、月をみる哉。

寒き夜そ、むかふ内にも、埋火の、をきつのことぞ、思ひやらるる。

千早振、有渡のわたりの、早きせに、逢すありとも、後に我妻。

海に出る、湊は同し、おきつ川、たえすや瀬瀬の、猶深くして。

清見潟、月にむかへる、おきつ川、流るるかけや、海に出つらん。

見わたせは、夕波高し、奥津川、沖津汐風、今や立らん。

谷おろしの、風もやまねは、夜と共に、奥津川原に、暮ぬ波立。

より立て、清水の里に、住つれは、夏をは外に、聞渡るなり。

あす人を、おきつもに住、我からや、からき世過る、浦の塩かま。

たちはなの、みえりのさかに、ちちをおきて、みちのながちは、ゆきかてぬかも。

身をいかに、駿河の国の、おきつ波、よるへなしとて、立はなれなは。

東路の、末まて行かぬ、庵崎の、清見か関も、秋風そふく。

武士の、かくこもかかる、時にこそ、心のしらぬ、名のみをしけれ。

哀にも、空にうかれし、玉鉾の、道の邊にしも、名をととめけり。

有度山の、うとくも夢は、さむる哉、遠つあふみの、杜の嵐に。

涙のみ、かきくらさるる、旅なれや、さやかにみよと、月はすめとも。

袖ふりし、天津乙女が、羽衣の、おもかけにたつ、あとの白波。

 

 

明治以前の、この地に縁のある詠を、判るままに書き出してもこのくらい、清見寺にて詠んだ秀吉のものも、ここには載せてありません、落ち着いて、その場その場を紹介しながら、もう一度まとめてみたいと思います。

 

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