再びお茶について

コンピューターに触れて、まだ一年も経ちませんが、いろいろな情報を手に入れる事が出来、商売、採算などを考えなければ、なかなか面白く、役に立ちます。くだらないものから、とても役に立つものと色々ありますが、眺めているだけでも世の中の流れの速さを実感させられます。いわゆる”コンピューターおたく”になるわけです。ところで、これに付随して電子メールのやり取りもしておりますが、こんな手紙がきました。

 最近の若い女の子の使う言葉で、”めちゃ、かわいい”とか言っているのを聞きますが、静岡の方ではどうですか、とのようなことでした。これに対して、私はお答えできておりません。難しいからであります。

 現在私たちは、既にお茶を、何気なく日常的に取り入れております。極論すれば、お茶をはなれての生活は考えられない程になっています。特に、私のように既に人生半ばを過ぎたものにとって、お茶は日本人の日常生活に溶け込んでいる、と、お茶のない生活は考えられないのであります。おかずのないときのような、ちょっとした時お茶漬けでも、と食べます。”日常茶飯事”なのです。

ある方がこんなことをおっしゃていました。

お茶を日本で特に愛用したのは、禅宗のお坊さん方です。禅の修業をしていますと、必ず睡魔に襲われる。この睡魔を追い払う一番簡単で効果的なものがお茶でした。禅宗のお坊さんが、お茶をたしなむのは気を落ち着けて禅にいそしむためでした。床の間に、書画をかけ静かに茶を啜ることが、禅宗のお坊さんの間に流行し、それが茶儀となり、茶の湯の基礎となったのでした。

そうして、禅宗が広まるにつれ、日本人の生活は上下ともにお茶を中心として組み立てられ、規則はずれな生活が”無茶”な生活であり、”滅茶”な生活であった訳です。ハメをはずした生活が”滅茶滅茶な生活”なのでした。  と。

となりますと、若い人達が、”めちゃ、かわいい”と言うのはどんなかわいさなんでしょうか。

 さて昔、菅原道真が、”悶飲す一杯の茶”と詠じたことは、よくご存知のことと思います。流された配所でつくったものということは、一目瞭然です。このお茶が現在のようなお茶では、”悶飲”することはないでしょうから、中国(唐)からきたお茶だったろうと思います。よほど苦いお茶だったろうと思います。

中国人は日本人に比べると、油っこいものをよく食べます。油っこいものを

たべたあとでのむには苦茶が適していますが、日本人はそれほど油っこいものや、肉も食べませんでした。そこで、日本人に合うお茶がつくられるようになりました。仄かな甘みに合うお茶が作られるようになりました。この味が渋みでありました。

渋みは、日本独特の味と言っていいかも知れません。”わび””さび”の味であります。色で言えば、原色の味でなく、中間色の味です。まさに日本画の色合いです。

私は、自分では若いつもりなのですが、やはり年をとっているのでしょうか。この感じ、なんとなくよく分かるのですが、苦いのはいやだ、”wび””さび”なんてと言う若い人の方が多くなっています。

現在の日本人が、けっして脂っこいものをとらないと言えば、その逆だということぐらい、ご自分の家庭の食事を考えればよく分かる事です。

日本人の生活が、”中間色”から”原色”の生活になってきつつあるのは明らかです。新しい味のお茶が必要となってくるのではないでしょうか。

いよいよ新茶の時期です。先日、静岡では新茶の取り引きがありました。新聞によると、清水の両河内のお茶が最高でした。今年の出来はよいようで、これからが楽しみでです。新しい日本にあうお茶はどんなものでしょうか。

 

今朝(5月1日)、若い女性のお泊りのお客様から、”めちゃ”のいいのがないかしら、とたずねられました。”滅茶”はよく知ってますが、”芽茶”は本当に久しぶりでした。”棒茶”は知ってても、”芽茶”を知らないひとが多くなりました。

お話しているうちに、彼女が、ジャズ?の前衛?である”ノイズ ミュージック”のMAYUKO HINOさんとは! もっとも彼女の音楽聞いたことないのですが、外国では有名なんですよね!アメリカの”noise music"をインターネットでみると、必ずのっている!    こういう方がお茶について、とても詳しく、お茶が好きなのを知り、関係ないことかも知れませんが、とても感動してしまいました。

 


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