6月6日の静岡新聞に、またまた李王朝の石像について記事がのりました。

あまりの反響の大きさに恐縮至極です。

さて、前回の続きを述べさせていただきます。

飛行機から脱出して、海の上に出ますと、頭上にはヘリコプターが、海上には釣り船がすぐ側にきていました。すでに脱出していた何人のひとは、上手に仰向けに寝るように浮いているのが見えました。泳げない私はただ足をばたばたしていました。レスキュウ隊の船は、幾人かを救い上げると、突然私たちには目もくれず、飛行機の方にもぐってゆきました。あとから知ったことですが海は10メートルもない深さでした。尾翼の方が海上にでて、その上にパイロットがのって海下を、しきりに指さしているのが見えました。私を助けてくれないので、一瞬”人種差別”とひがんだ私も、漸くまだ飛行機の中に取り残されている人がいるのだなと判りました。その人が助け出されて、私も船に引き上げられました。レスキュウ隊のすばらしい活躍にはただただ感謝するばかりでした。墜落してから助け出されるまで10分もかからなかったのではないかと思います。そのくらい早く助けてもらったのでした。実はこれには訳がありました。たまたまハワイのレスキュウ隊の合同訓練がこの海域であって、私たちは、そのど真ん中に落ちた訳で、とんだ実地訓練だったのです。だからと言って、ハワイのレスキュウ隊の皆様の活躍の素晴らしさに何ら変わりはありませんが、私たちは幸運でした。ハワイのレスキュウ隊の皆様有難うございました。

陸にあがって、車で病院に運ばれました。そこで始めて日本語の通じないところにきたわけでした。濡れている着ているものをすべて脱ぎ、病院服?ガウンに着替えると、ソーシャルワーカー?がきて、いろいろなことを尋ねてきました。おかしな事に、言葉は判らないのに、何となく意味が通じるのですね。そのあと、院長さんが手厚く、お茶をだしてくれたり、食事を出してくださいました。そこにまず、レスキュウ隊の人が来て、飛行機のなかにおきわすれたものを持ってきてくれました。ないものがあったら探してくるからとのこと、この手早さには更にびっくりしました。次にマスコミの人がきて、次いで、保険屋がきたようで、飛行機の会社の人は来ませんでした。これは、日本では考えられないことでしょうが。

私はこの飛行機に乗るのに、生意気にも直接注文して乗ったのでした。この時私は、日本旅行のツアーで来ていたのですが、日本旅行の現地の人から、小型飛行機の遊覧はいま一つ危険だから止した方がいい、と忠告されていたにもかかわらず、言う事を聞かず事故にあった訳でした。だから翌日、知らん顔して、ツアーのスケジュールとうり、助かったのが嬉しく、日本に戻りました。清水に戻った翌日、日本旅行の静岡支店長様が、ご夫妻でお見舞いにこられたのには恐縮でした。日本旅行さん、忠告を聞かずご迷惑かけたにもかかわらず、お見舞い、その後のフォローもして下さり、本当に有難うございました。

と言う訳で、飛行機に乗るのが恐くなりました。二年後ハワイに行ったのですが、飛行機に乗っている間震えていました。

墜落する時、怖かったでしょう とよく聞かれますが、その時は無我夢中で怖いと感じる余裕などありませんでした。怖さは余裕があってはじめて感じるもの と実感しました。

 


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