東名高速道路清水インターチェンジをおりて、一号線バイパスを東に向うと、左手に小高い山々があります。この麓には、地元の人にもあまり知られていない、遺跡神社があります。バイパスに近いところが、尾羽というところですが、尾羽廃寺といって、古くはとても大きな国分寺クラスの寺の跡があります。残っているのは、僅かに石ぐらいですが、ここの前の、小さな道を麓沿いに歩くと、一味違った散歩コースになります。清水の人がいう”いほはらの道”です。
この道を、今日平成13年の春,4月久しぶりにもう一度歩きました。変わったところもありますが、楽しい道でした。(以下、カッコ内の文と小さい画像が13年、今年のものです。)

(静岡県はいわゆる古墳時代には、伊豆、珠流河(するが)、庵原(いほはら)、素賀(そが)、久努(くど、くぬ),遠淡江(とおつおみ)などがあると言われていますが、清水は、イホハラの国で東は富士川、西は大井川に及んで、その中心が私どもの住んでいる清水,静岡でした。

さて、東名清水インターチェンジをおりて、左に国道一号線バイパスを東京方面に向かいます。すぐに左手にJAしみず市の建物があり、ちょっと気がつかないかも知れませんが、庵原川があります。この辺りが”いほはらの君”が活躍したところです。、JAしみず市の建物の反対に小高い山がありますが、神明神社古墳といいますが、これもいほはらの君に関係しますが、その地点を500Mほど行きますと尾羽(おばね)と言うところにきます。信号がありますが、そのすぐ手前の道を左に入りますと、右手に何の変哲もない小さな広場があります。

この辺りが、尾羽の廃寺跡と言われています。古くからこの辺りで、白鳳期と思われる蓮華文様の瓦や、奈良時代の瓦や須恵器、礎石らしいものもみつかっているのです。そう思うとこの場所がなにやらありがたくなるのは不思議です。
その前の道は、そんな広いみちではないのですが、散歩するには非常に趣のある道です。野の花あり、桜、桃などの花が咲いて清清しい気分になります。)




廃寺を過ぎて、しばらく行きますと、若宮神社があります。 そこに至るまで




プラムの花とか、きれいです。



(道沿いのほんの50センチほどの小川に、以前はどこでも見られた本菖蒲が出ていました。私の見間違いかもしれませんが、以前は巴川にも沢山生えていたのですが、今では花菖蒲はあっても、菖蒲湯に使ったり、料理などで菖蒲刀にする本菖蒲はあまり見ることが無いので、しばらく感激と言ったら大げさですが、立ち止まりました。(願わくば本菖蒲であることを。。。)
このところのすぐに 若宮八幡があります。ひなびた今でも朽ちそうな小さな社殿があるだけですが、こうゆうの いいですねー。
こんもりした森、小高い山にありますから、古墳ではないでしょうか。(これは勝手な想像))



木々に囲まれた神社ですが、何処かの神社から移したもののため、若宮といったに違いありません、この前の道を更に行きますと、東久佐奈岐神社です。
ところで、ここは、庵原といいますが、吉備武彦命が、日本武尊東征に副将軍としてしたがって功あり、この地をたまわりました。そこで命は、尊(たける)を崇めて、この地の東の里に神社をたてました。これが東久佐奈岐神社です。このことで、祝原の意味でいほはら(庵原)といったとのことです。またこの地は、郊原が多かった為、五百の原、五百原(いはら)といったとも言われています。

延喜式には、庵原郡の神社が、三つ載っているそうです。羽衣伝説にある羽衣の片が?残っている御穂神社、豊積神社 そしてこの神社です。現在、日本武尊に因む神社は、同じ清水にある(旧有度郡)草薙神社があまりに有名な為、清水でも地元の人以外、ほとんど知られていませんでした。以前は、荒れ果てていて、神楽舞台も傷んでいて使用に堪えない寂れた神社でした。総代さんをはじめとする氏子の皆さんのご尽力により、整備されて、段々人に知られるようにはなりました。結婚式の帰りにお参りする人も、七五三のお参りの姿も見られるようになりました。




参道は桜も咲いてとてもきれいです。

この神社の西側に、山々が見えます。その縁に沿って、庵原川の支流である山切り川が流れています。神社の前の道をのんびり歩き、橋をわたりますと、臨済宗の寺院”大乗寺”があります。白隠禅師がよく法話に来られた寺院ですが、この裏山は、蜜柑畑などになっていましたが、”大乗寺遺跡”とよばれ、よく矢尻などが、でるそうです。今は整備され、公園のようになっています。

このお寺の、向って左側に、大きなタブの木があり、たしか清水市の天然記念物になっているはずです。

大乗寺遺跡の裏側の山側に城山といって、庵原氏の居城跡があります。いまその姿はありませんが、かって馬場大手などの地名があったのは、その名残なんでしょう。私はこの山に登ったことはないのですが、とても見晴らしがよいそうです。この庵原氏を?代表する古墳が、三池平古墳で歩いてしばらくのところにあります。

この古墳からも清水がみわたせます。以前は蜜柑畑のなかにあって、うっかりするとただの小屋ですから、見過ごしてしまいそうでした。非常に大きな前方後円墳です。
現在は、山切川のところからきれいに整備された道路が通っています。この出土品は庵原の公民館に展示されております。(と書いたのでしたが、13年の現在はご覧のとうりです。蜜柑畑はなくなり、古墳の位置の記した立て札があります。以前とどっちがいいか一概には言えませんが小屋が目立って、ちゃんとした小屋を作る必要がありそうです。)


(ここは、この辺の学校である、庵原中学校の裏山にあたり、三池平と言って、清水を一望のうちにおさめることのできるたいへん見晴らしのよい丘ですが、昭和33年古墳が発見され、形式や出土品(近くの庵原公民館にあります)などから5世紀はじめのもので、いほはらの君の墓ではないかと考えられている訳です。全長65M、後円部径43M,高さ5M,前方ぶ巾36M、高さ3.2Mの前方後円墳ですが、今は石棺のところが小屋でかこわれているだけです。しかし、実に見晴らしがいいです。この小さな画像では判りにくいかもしれませんが、右手奥にナショナルトレーニングセンターがあります。)




(このセンターにきた帰りにでも寄られることをお勧め致します。)

古墳からは、清水のほとんど全てがみわたせます。

古墳から下の砥鹿神社のところにおりて、庵原中学の近くに”牧野ばら園”があります。清水が、ばら栽培で日本有数の町になった基をきずいたばら栽培のリーダーです。色々なばらを見学することができます。

ばら園からのんびり歩いてくると、公民館にきますので、そこで今歩いたコースの、詳しい説明を聞くとよいかと思います。こうして、”いほはらの道”の散歩の完成です。この逆の歩き方も良いかもしれません。

清水だって、歩く道はけっこうあるものです。    


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