“入江町のこと”

清水銀座通りと巴川をはさんで、稚児橋を渡ると入江町になります。この辺りは、明治以前は、巴川を海舟がのぼって、川舟に荷物を移して、上流の静岡方面に行く中継点であったのでした。江戸時代には、駿府城の改修のために、巨大な石が運ばれました。時には舟が転覆し石が川に落ちたままになって、時々みつかります。三つ見つかった所が今でも三石と言う名になっています。

数年前稚児橋のすぐ際の土手と言うか石垣が台風で崩れ、その修復の時、大きな石垣らしき石がいくつか見つかりました。本当かどうかしりませんが、駿府城修復の際の石かもと話題になりました。稚児橋はその創建の渡り初めのとき、川から子供があがってきて駿府の方にきえたことから名づけられましたが、その子供、いたずらっこの小童(こわっぱ)から、その子供は“かっぱ”ではないかといわれ、この橋は別名、かっぱ橋と言われることとなりました。その事から、この石はきっと“かっぱ”が腰掛けたに違いないと、誰言うとなく“かっぱの腰掛け石”と言われるようになり、稚児橋の所におかれています。本当かどうか知りませんが、この石に水をかけ、かるく触れると泳ぎが上手になるとか。

この巴川は勾配が少なく,たいへんゆるやかな流れで、私どもからみればけっしてきれいな川ではありませんが、海水が入ってくることもあって、鮒、鯉、鰻、時には稚あゆは勿論、黒鯛、鱸まで釣る事さえ出来ます。鰡が群れをなして、飛び跳ねているさまは、都会の方には珍しいことかもしれません。清水に来たら、お遊びに釣りをされたらいかがですか。

この巴川は、街の真ん中を流れているわけですが、満潮の時には筏が見られます。ちょっとした風物詩です。冬になると筏のとうった後、驚いて出てきた小魚をねらってかもめが寄ってきます。私どもには、見慣れた光景です。

入江と言う名は、昔の入江氏からきていますが、この辺りから吉川家などでています。お聞きするところでは、あの伊達正宗の祖先とも縁があるそうです。最近は、“ちびまるこ”で有名になった所でもあります。作者さくらももこさんのお宅がありました。“ちびまるこ”にでている場面はほとんど実在のもので、みつやさんもありますし、よつばデパートは銀座の四葉文具店としてあります。私どもの玉川楼は、この入江町の巴川沿いにあります。入江町は、また女子サッカーの発祥の地でもあります。ここの入江小学校ではじめられ、この学区の第八中学校から、清水第八と言う女子サッカーが生まれたのです。金田食堂には三人の娘さんがおられ、草創期の女子サッカー界では、金田三姉妹として全国に鳴り響きました。

清水にもプロサッ カーのチームができて、地元としてはうれしい限りですが、清水の人間は熱しやすくさめやすいので、エスパルス、がいつもいつも優勝にかかわって、強くいて欲しいと思います。私ども玉川楼でエスパルスの発会式がされたのですが、それゆえ、ことさらにそう願っています。清水東高、清水商業、東海一高など地元の学校出の選手が、あらゆるプロチームで活躍しておられますから、どうでもいいかもしれませんが。やっぱり地元のチームが勝つ喜びは格別です。

清水こぼれ話と題して書き始めましたが、なぜか清水の案内になってきてしまいました。いろいろな話題をのせるつもりですが、とうぶんの間清水に来られる方のためにもと、あつかましく思っています。

先ほど、釣りにちょっと触れました。釣りと言えば、清水に興津川と言う川があります。清水の水道水はこの川によっています。それほどきれいな川ですが、ここの鮎は、手前味噌かも知れませんが、天下一品です。“興津川 日の本一の鮎どころ” 商売がら色々な鮎を口にしますが、興津川の“天然の”鮎は、香りと言い、味と言い、自慢するだけのことはあります。ただ、味わうことのできるのは、釣り人だけで、料理屋で味わうのはなかなか難しいのです。

この鮎釣りについては、旅館の入船館のご主人などとても上手ですから、お尋ねになったらどうでしょう。海釣りについては、浜田の井出さんなどよくご存知ですから。只、お二方とも、別に釣りで暮らしている訳ではないのですから、お尋ねの際は礼を失しないでください。親切に最新情報を教えてくれる筈です。

“両河内のお茶と筍”

ところで、興津川の上流に両河内と言うところがあります。ここは、実は日本一のお茶と筍ができるところとして、知る人ぞ知るところなのです。お茶の中で、薮北と言う種類のお茶がありますが、これは清水のさるところの薮の北側で発見されたことから来ているのですが、清水はお茶の産地であり、両河内と言うところは、お茶に最も適したところなんでしょう。その上質なお茶は、一キロ二十万円を超すとか。私など、結構贅沢なお茶を飲む方と自認しているのですが、いまだにそんな高い値段のお茶を飲んだことがありません。多分これからも口に出来ませんでしょうが。私どもが日ごろ飲んでいるお茶は、もっともっと安いものですが、それでも結構満足しています。私ども玉川楼やリバーサイドイン玉川でお出しするお茶は、恥ずかしながら高いお茶を使っておりません。時々お客様から“美味しいお茶だね”とおっしゃられると、皮肉に聞こえる位です。ある意味では、清水のお茶は安くても結構いい味がするお茶なのです。

両河内の筍についていえば、料理屋の私でありながら、こんなに美味しい筍ができるとは知りませんでした。京都の筍は有名で私も取り寄せて使っていたのですが、この筍に出会って吃驚しました。いくら美味しい筍でも、時間が経ったら風味がなくなるのは当然で、朝掘りの筍がいいのはあたりまえですから、清水の者には清水の筍がいいのは当然ですが、これを割り引いても美味しい筍です。

最近は関西料理が広まって、筍の料理にワカメを使うことが多くなりましたが、静岡県ではアラメを使っていました。そのため味付けも濃くなるわけですが、人によってはチリメンジャコを加えることもあり、なかなかの味です。郷土料理なのでしょうか。

“イルカのこと”

郷土料理と言えば、この地方にはイルカを食べる習慣がありました。この辺のことわざ?に“女房の腰巻きを質にいれても”と言うほどイルカを食べる習慣がありました。こんにゃくや牛蒡をいれて特有のくさみを消した味噌煮、肉を干した“たれ”、これも郷土料理でした。最近動物保護団体など、イルカなど食べるなんて叱られそうです。そう言う習慣がありましたが、その特有なくさみで、地元でも食べる人が少なくなりました。

ところでイルカの話をしましたので、多くの方がイルカやクジラをとるのに反対している事について少し発言させてもらおうと思います。

先日、昔からイルカの追込み漁で有名だった静岡県伊東港で、規定以上のイルカや、ゴンドウクジラを追込んでいた事が大変な問題となり、新聞紙上をにぎわしました。実に残念でなりません。あの愛くるしいイルカの姿を考えると、そして現在生きている動物の中では、最も大きな動物であるクジラのことを思うと、クジラやイルカをむやみやたらにとってはならないと思います。しかし、伊東や清水では、先にふれたようにイルカを食べる習慣がありました。貴重な蛋白源としてのイルカを食べる文化としての食習慣が今までつずいてきました。ところが、世界の世論をみますと、どうもイルカやクジラを食べると、何故か悪人のように扱われているのではないかと思うくらいで、ひがんでしまうほどです。現在の私どもには、食習慣として、イルカやクジラの占める割合が段々小さくなってきていますので、イルカやクジラを食べることを、この辺でやめてもいいと思いはしますが、あまり反対、反対と言われると、生来の天邪鬼な心がもたげ、それでは、牛はどうなんだと言いたくもなります。

インドでは、宗教的に牛は神聖なものとして崇められ、食べるなんてとんでもないことと考えられているのはご存知のとうりです。もしインドの人たちの宗教観が世界的にひろまっていたとしたら、多分牛を食べる習慣文化をもつ人たちは、同じように非難を浴びるに違いありません。私は牛を食べるなと言っているわけではありません。私は牛肉が大好きな人間です。只、それぞれの国、地方に、それぞれの食習慣、文化があるのなら、それをある程度(だからと言って,種を絶滅する権利は誰にもありません!)認めるべきだと思っています。

人間は、誰でも生きる為に、知らず知らずとしても、他の生命を犠牲にして、己の命の糧としております。はじめから罪をおかしているのです。たとえ菜食主義者であったとしてもこの罪を逃れることはできません。私たち人間は、罪作りなものだと言うことを常に考えて、少なくとも遊びやゲームでこの世の命を無駄死にさせないようにしたいものです。

そんな事を思いました。

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