さて、ちゃっきり節をつづけます。


お山見れ見れ
あの笠雲を
ねえね着て出や
けさは着て出や
菅の笠
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

龍爪曇れば
港は風よ
富士の芝山
明けの芝山
雲ばかり
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

出たよ、ぼんやりこと
月待ち雲が
さきの茶山の
宵の茶山の
はしに出た
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

お茶は清水へ
お月さんは山へ
晩にや蜜柑の
ぬしと蜜柑の
花のかげ
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

なにをくよくよ
お茶揉み、葉揉み
月に狐も
浮かれ狐も
揉みに来る
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

夏ぢゃ、五月ぢゃ
新茶ぢゃ、粉茶ぢゃ
やアれ、えれえれ
しもて、えれえれ
ごせっぽい
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

お茶の茶山の
茶の木のなかで
おまっち何というた
いつか何というた
お茶山で
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

茶の実とんとろりと
しめ木にかけて
かはいおまっちの
じつはおまっちの
髪あぶら
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

せめて、賎機
浅間さまよ
とんとからりとも
ついぞからりとも
沙汰はない
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

しづや賎機
浅間さまの
しろいお馬よ
三保へお馬よ
なぜ逃げた
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

焼津、やかれつ
ねて見つ、興津
さった女房を
かはい女房を
三保の松
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

三保の羽ごろも
根上り松よ
いまはお藷の
干したお藷の
蔓ばかり
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

三保の海苔舟
けさまだ寒い
せめて棹さそ
連れて棹さそ
逆さ富士
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

久能で思へば
月夜のばらす
いつも苺の
しろい苺の
花が咲く
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

おまへ、龍華寺
蘇鉄の花よ
いつか忘れた
ほろと忘れた
頃に咲く
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

積めよ、積め積め
米松、井桁
浜はざさんさ
松にざさんさ
浪の音
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

なにをぼったてる
吐月峰か、おぬし
とんと煙管で
云なにや煙管で
はたいたろ
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

今夜来なけりや
手越のお灸だ
きっと安部川
待つに安部川
きなこもち
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

ほれて通へば
田圃も畦も
わたしゃ首ったけ
とんと首ったけ
じるっくび
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。

やっさ、もっさよ
お茶屋の前は
まっちゃ、おまっちゃ
あっちゃ、おまっちゃ
はりこんぼ
ちゃっきりちゃっきりちゃっきりよ
きやアるが啼くから雨づらよ。


このとき、白秋は町田嘉章と、”狐音頭”と言う民謡をつくっているのですが、その詩は知っていますが、曲は聴いた覚えがありません。静岡鉄道の沿線に、狐ケ崎と言うところがあって、遊園地がありました。
その辺をイメージしてつくられたものでしょうか。


2001年5月22日の静岡新聞14面に、列島うた紀行として”ちゃっきりぶし”が取り上げられていました。静岡鉄道本社に保管されている白秋自筆の原稿の写真もあって参考になります。詳しくは静岡新聞をご覧願うことにして、少しばかり引用させていただくことにします。
”晴れた日には駿河湾越しに富士山を展望する日本平。清水港を見下ろす斜面に広がる茶畑の、一面の新緑がまぶしい。吹き渡る五月の風がミルイ(やわらかい)新芽をなでていく。茶どころ静岡の民謡といえば「ちゃっきりぶし」。県内の他の民謡を圧する人気を誇るこの歌は、しかし、もともとは今でいうCMソングとして作られたことを知る人は、地元でも意外に少ない。
 誕生は昭和二年(1927年)。静岡電鉄(現静岡鉄道)が沿線に建設した狐ケ崎遊園地(清水市)の開園を記念して、静岡の観光と産業宣伝にふさわしい歌を作ることになり、作詞を北原白秋に、作曲を町田嘉章に委嘱した。
 最初は取り合わなかった白秋も、静岡電鉄の懸命の説得に心を動かされ、取材のため静岡市を訪れた。当代随一の詩人を迎えた会社側は大張り切り、芸妓を集め、徳川慶喜公の屋敷跡・浮月楼(料亭)で盛大な歓迎の宴を張った。白秋は静岡滞在中、連日豪遊を繰り返し、担当者をやきもきさせたが、土地の人間との付き合いの中から、静岡の人情、風俗、言語、習慣を洞察しようという詩作の姿勢は貫いていた。
 こうして出来上がった歌詞は三十番にも及ぶ。そこには静岡の穏やかな風土が、みずみずしい感性でうたわれ、方言もたっぷり織り込まれていた。
 このうたを最も特徴づけているのが「きゃあるが啼くんて雨づらよ」(かえるがなくから雨だろうよ)というはやし言葉。これは芸者がつぶやいた言葉を取り入れたとされるが、白秋は当初「啼くから」と書いた。これを後に静岡出身の作家長田恒雄が「方言では”啼くんて”と言います」と指摘し、白秋はその通りに改めたという逸話が残る。
 曲は三味線の合いの手が絶妙に絡んで小気味よく、転調も仕組まれていて興趣が深い。
 清水市内の花柳界では「ちゃっきりぶし」はお座敷踊りの定番。・・・”
静岡新聞は、73万部以上を誇る大新聞と言える地方新聞ですが、地元に密着した記事があって面白い新聞です。(この項、5/22記入)



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