古い写真から 大正橋

9月も半ばになると、今までの暑さが嘘のように、朝晩は特に涼しいと言うか、寒いことがあります。この一日二日は10月下旬の気候とか、どうりで涼しいと納得。空は透き通った青空、富士山にも雪が降り心もすっきりゆきたいと思い、珍しく物置を物色したところ、この辺り巴川の、大正橋の古い写真や、柳橋がまだ架かってないころの写真の載った市の広報が見つかりました。
昭和63年3月に入江地区まちづくり推進委員会が出されたものですが、懐かしく、ここにその一部を紹介したいと思います。

この写真は、地元の自治会長さんの田辺さんと言う方が、私にくださった大正橋の所期の写真です。金田食堂の辺りから銀座通り方面、現在地に移る前の私ども玉川楼の辺りを写したものです。





この写真は、地元の小学校 入江尋常高等小学校大正7年度卒同窓会である”たづな会”記念誌(昭和48年発行)から 広報誌 入江 が表紙にのせたもので大正14年 根岸飛行機が高度700Mから空中撮影したものです。
機体の陰の右上あたりが稚児橋、右中、川に出ている木が見えますが、柳の木です。その対岸の建物が巴川製紙所、その手前の農地が昭和になって私ども玉川楼が移ったところ、玉川楼の現在地です。左上の建物が昔の入江小学校で現在の高良眼科医院の辺りです。
昭和になって、この写真の柳の木をとって橋が架けられたので”柳橋”と名付けられました。
広報誌 入江 のこの号は田辺さんが熱心にまとめられたもので、私も手伝わせていただいたものですが、おそらくもう忘れ去られていると思いますので、ちょっと引用してみたいと思います。

先ず大正橋について、大正2年12月27日の静岡民友新聞に大正橋開通式のことがあり、近来稀有の盛況と書かれています。
 
 ”既報の如く庵原郡江尻町七間町河岸より安倍軍郡入江町一丁目に通づる大正橋の開通式は25日午前10時半より挙行。田澤安倍郡長 山田入江町長 平尾江尻町長等の先頭にて入江町元追分農渡邊己之吉(75) 妻いく(75) 長男藤松(56) 妻しげ(54) 長男庄吉(33) 妻しま(33)の三夫妻 鷲見江尻署長 阪井清水税関署長 其他町村長議員有志等の来賓約3百余名の渡り初めあり終わって入江小学校内なる式場に入り入江町長の開会の辞 建築委員の工事報告 安倍郡長 庵原郡長 清水江尻両町長其他の祝詞演説あり 入江町会議員総代の答辞ありて式を閉じ夫より祝宴を開らき午後4時散会したるが当日の祝詞演説は何れも清水江尻入江等の合併論に花を咲かし時節柄頗る面白く近来稀有の盛況を呈したり 因に左の二氏が式中詠みたる祝歌を掲げんに、
  開け行く 御代のしるしは 
  是れやこの今日ふみ渡る 大正の橋    望月邦太郎

  道はしを 心にかけし諸人の
  誠そ今は あらはれにける          土谷松太郎

渡り初めをされた三夫妻は、書家の渡辺墨仙氏のご先祖です。”

この”入江”と言う広報誌には巴川について、渋川館 軽便鉄道とか、明治12年の静岡新聞に、第18代米国大統領のグラントが清水港にきて、其の時一行が入江町の薬屋さんで薬を買ったと言う記事 など紹介してなかなか興味深く、そのいくつかを引続いて書いてみたいと思います。
・・・続く。

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