平成15年になりました。あけましておめでとうございます。
昨年14年私ども玉川楼も、皆様の暖かいご贔屓によって無事過ごすことが出来、新しい年を迎えることが出来、本当に嬉しく感謝してもしきれない気持ちです。有り難うございました。
清水こぼれ話も、新しい年を迎えました。
昨年は、他事に忙しく?と言えば聞こえがいいのですが、怠け癖と、勉強不足のため、あまり書くことが出来ませんでした。
清らかな水が出たことから名付けられた清水市も、いよいよ今年の4月から、静岡市と合併して、静岡市になります。私ども玉川楼のある入江町は、4月から静岡市清水入江になります。そうは言っても住民も、中身も変わるわけではありませんのでこの”清水こぼれ話”もタイトルは変えずに続けたいと思います。
 昨年は、色々な方から、色々清水にちなむお話を教えていただく機会がありましたのに、そのままにしてしまいました。
あの有名な芥川龍之介が清水に逗留していたこと、よく子供たちをさそって海水浴に行ったものだよ とある方にお聞きしていました。そんな折、多くの著作のある田口英爾さんが 静岡新聞に9月30日 ”芥川龍之介と清水”と題して、私にとって実に参考になる、興味ある一文を載せられているのに接しました。



そこには、”明治42年の春、龍之介は高山樗牛の墓のある竜華寺に訪れたこと。そこで龍之介は竜華寺の風情をみて夏目漱石の”草枕”の節を思い出したこと。龍之介が一高から東大に進む年の夏、北矢部の新定院に逗留したこと。



旧久能街道を入ると臨済宗妙心寺派の新定院があります。

新定院の和尚と本堂の廊下に一緒に座り、蚊を追いながら和尚の雲水時代の話を聞いたこと。近所の子供たちと一緒に海水浴に行ったこと。新定院には17日間逗留して、その逗留中出した書簡が8通あって、その中には、当時の清水の風景、富士見橋や湊橋、巴川、江尻の町、軽便鉄道、美普教会の尖った塔などが描かれている一節があること。”などが載って降ります。



カトリック清水教会

清水には、私どもが考えている以上の、多くの文士が来られて居られるようで、嬉しくなってしまいます。
そう言えば、竜華寺の和尚さまが、明治の文豪が、小説では隅田川になっているけれど、本当のモデルは巴川だよ と仰られた有名な小説もあるようで、私の、これからの勉強の楽しみな課題です。
ところで、新定院は、私ども玉川楼から言えば、稚児橋からの入江岡に向かう道の延長線、昔は久能街道と呼ばれたところにありますが、今
カソリックの教会の上手の細い道ですが、昔のことを思いながら散歩しますと、どこにでもある道なのかも知れませんが、趣きあるように思えるのです。



新定院近く旧久能街道



八幡さん横の道



当然ながらその道から八幡さんが。

そんな遠くないところに八幡さんの横の道がありますが、龍之介も歩いたのではないでしょうか。静かな道です。
この道沿いにはさる高名な作家の旧居があって、春には桜が美しく咲いています。私の好きな散歩道のひとつです。

清水にお出での節には、一度歩いてみてください。なーんだ と仰るかもしれませんが、昔のことを思いながら歩きますと、それはそれ新鮮に覚えるから不思議です。




正月2日午後3時ごろ。
湊からの富士山.雪がきれい。


 今年は、素晴らしい晴れの正月で、清水からの富士山も澄んで実に美しい姿です。今年もよろしくお願い致します。


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