この頃の気候はとても変で、暑い日があったり、肌寒い日になったり、集中豪雨が各地を襲い大変な被害を受けている日本です。
地球温暖化のせいなのでしょうか。日本が亜熱帯の国のようになったような気がしてなりません。日本を次世代に素晴しい、素敵な国として遺すには、私たちはどうしたらいいのでしょうか。
国道一号線が、JRの東海道線の上を通るところがありますが、私どもから行きますと其の手前を左に曲がりますと静岡市埋蔵文化財センター(静岡県静岡市清水区横砂東町33−2 TEL:0543-67-9436)があります。



春浅い頃写した写真ですので、立ち木があおくないです。
駐車場は左手先、奥にあります。



私たちの祖先がどう暮らし、どう私たちに伝え遺してくれたかを知るのに、格好なところです。
興津を日本の保養地としてひろめてくださり、こよなくこの地を愛した井上公爵の別邸の跡に、このセンターは先年作られたものですが、ここには静岡の遺跡、発掘品が展示されており、この静岡に、これほどの多くの遺跡があったのかと驚きます。一度は、郷土の昔はどうだったのかと訪れてみるべきところかと思います。
私の好きなハワイにビショップ博物館と言う、ハワイのことなら絶対行かねばならない博物館がありますが、そこもあまり来館者がないのと同じで、この静岡市埋蔵文化財センターも、来館者がすくないように見受けられ、残念に思いました。
登呂遺跡は、観光客も訪れにぎやかですが、ここセンターももっと注目されてもよいと思います。
私が子供の頃は、静岡には弥生時代以前のものはないと思っていたのですが、このセンターに来てみれば判りますように、石器というか、縄文時代の遺跡が多くあり、ひとつひとつ展示物を見てゆくと目を瞠るばかりです。(少し、大げさかな?)
そして、こうした遺跡の位置関係を頭にいれながら、清水を歩いたり、ドライブすると、もっと楽しくなるに違いありません。
私ども玉川の庭の石は、このセンターにあった井上公爵邸からのものですし、韓国仁川に送った李王朝の文人像もそこにあったものですので、センターを訪れるたび、より感慨を覚えるのです。
 このセンターの前の庭には、公爵邸のあったころからの石碑が残されております。

       親友至情
       海深山秀     公爵桂太郎書

の碑が見えます。”親友の至情は海よりも深く、山よりも秀でる” と言う意味だそうですが、二人の関係の深さを改めて思いました。

この地は、昔清見長者が住んでいたと言う伝説の地であり、その背の山を長者山ともいっておりました。そこに祀られていた子安観音につぃて、



       長者山 子安観音にささげまつる

       世をすくひ人を
       たすくるみほとけの
       めぐみぞふかき
       田子のうらなみ

の碑も見ることが出来ます。



広い庭のそこかしこに碑があります

建物の裏側には、はたうち川が流れ、この川が昔昔、都人に名の知れた川とは思えぬほどに、恐らく地元の人さへかって有名だったなんて知らないほどですから、ひっそりと と言う表現では間違いでしょうが、何もなかったように知らぬげに流れております。

 館内には、巴川で掘り起こされた丸木舟とか、数々の出土品が展示されております。
丸木舟を見ていると、昔の人はけっこう大きな舟を造ったのだなー、と思い、庵原(いほはら)のきみが、この土地に自生していた楠で、500艘の舟を造って、朝鮮に遠征したと言う話を、なんとなく実感するのでした。




巴川で掘り出された丸木舟がすぐ目に付きますが、
この地域で発掘された土器類が丁寧な説明とともに
展示され、私たちが住んでいるこの地域は、昔から
多くの人がいたことがわかります。
 どうか、昔を体験する?興津散策の折に、一度ぐらい ぜひ寄られることをお勧めします。

お問い合わせ
shimizu@tamagawa-rou.co.jp

TEL:0543-66-1284
FAX:0543-66-9713

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